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世界で初めて戦争をなくすプロセスを説明する

日本は第2次世界大戦後、戦争をなくそうと決意した世界市民の理想を描いた国連憲章の精神を最も色濃く実現した平和憲法を持つ国ですが、昨今その憲法を改正し、平和へ向かう気持ちに逆行する動きがあることを憂慮しております。憲法の精神を忠実に実現するなら、戦争を無くすことができ、ひいては国防も成るのです。そのために全力を尽くすと決心を示した日本人としての誇りを堅持しよう。

口径15mm以上の火器は一元管理---刀狩こそ世界平和を担保する。

常設軍は加盟国の保有する口径15mm以上の火器および全ての戦闘用爆発物を提供してもらいます。これは国でもつものだけでなく、個人で保有するものについても回収します。アフガニスタンのように、かつての武士の刀のように小銃を持つことが成人男子のたしなみといったような文化についても、説得して回収します。一方で逐次常設軍の装備としては統一されたものを導入し、元の兵器類を廃棄していきます。

つまり、加盟国では口径15mm以上の兵器を常設軍で一元管理することになります。

各国に15mm未満の火器の保有を認めるのは治安維持のためであり、更に踏み込んだ段階になれば10mm以上を常設軍で回収、拳銃以外は回収、と段階を進めていくのが目標です。

各国ではその段階にあわせて国内での武器の管理を強化していってもらいます。政府より強力な武器を民間人が保有すれば治安維持に常設軍を使用せざる終えません。政府以上の武力を国内組織が持たないように、刀狩を実施してもらいます。

密造は認めません。そのため、鉄類の管理をキロ単位で全て管理します。それは常設軍とは別に、加盟国理事会の下に組織を編成し徹底します。そこまで厳密にする必要はありません。大まかな鉄の流れを把握していれば、どのような組織も建軍するだけの兵器を集めることはできないでしょう。

口径15mm以上としたのは、その大きさは部隊装備という名まえがあるように、運用に部隊行動、ノウハウを必要とする大きさだからです。つまり、各国からその運用ノウハウを消滅させることを目的とします。

世界で機動艦隊を運用できたのは米軍と大日本帝国のみといわれます。機動艦隊保有が悲願である中国海軍は現在そのノウハウ確立の準備をしています。一度失われた日本の運用ノウハウを復活するには中国と同様の苦労を伴うことになります。事実、第二次世界大戦当時世界を席巻した日本の航空技術は、中断されたために、現代においてその復活に多大な労力を費やしています。山本五十六元帥のような不世出の天才に恵まれれば短期間の再生もありえますが、まさに奇跡です。

加盟国はその武器の運用ノウハウを全て失ってもらいます。そのかわり、絶対の安全を常設軍は保障しなければなりません。

日本国内が平和なのは国内に武器がないからと分析しております。武器があれば使おうとする人は現れます。米国が良い例です。SWATなど、フル装備の兵力を治安維持に用いなければならないのは、国内に兵器が流通しているからです。

世界の武器を一元管理できれば、国家間の戦争は防げます。

石原莞爾氏の著書に「世界最終戦論」というものがあります。天皇陛下を戴く日本と米国らしき(うろ覚え)自由主義国で最後の決戦をしなければならないだろう、核兵器らしき最終兵器により戦われるだろう。日本はそれに勝って日本の主導により世界の平和を実現しよう。というのが彼の結論だったと記憶しております。小粒な現代の政治家に比して、当時は一軍人ですらこのスケールでした。日本国憲法本来の意味を現代の政治家ごときに読み解けない原因がそこにあると思います。

しかし、パクスアメリカーナももう終わります。いまさらただの一国で世界を従えようということは不可能ですし、本来そうすべきではない。信頼できる国家として本来は常任理事国がなすべきだった大事業ですが、日本の主導により常設軍を創設し、その平和を実現して国際社会における名誉ある地位を目指しましょう。それは常任理事国入りではない。

第二次世界大戦において日本は安全保障において失敗し、敗戦国の汚名をきることとなりました。安全保障は国家と国民の契約の第一条。安全保障において失敗した日本が再び名誉を回復するためには安全保障で顕著な功績を残すほかありません。

私の構想する常設軍が完成した暁には、世界の秩序を全ての国に強要することができ、もう武力により他国に進出しようという国はなくなるはずです。国家間の戦争はもう起きません。

もし秩序に反する国が現れるなら、最悪翌日までにその国は消滅することになります。

できることなら、早期に圧倒的な実力をつけてそのような悲惨な結果を防ぎたいものです。

 

 

国連軍ではない、加盟国を確実に守ることができる組織

では今回は自衛隊を解散してまで建設する実力組織について一案を示したいと思う。

常設加盟国軍、以下常設軍と略します。

常設軍は、いくつかの加盟国より集められた兵士と装備により編成されます。

基本的には同じ出身国で部隊は編成します。コミュニケーションの問題です。訓練も同様です。おそらく国ごとに強い弱いが出てくると思いますが、適材適所としますので、運用でカバーします。旧帝国陸軍も基本は連隊所在地毎に部隊を編成しておりました。連隊により色が出てきます。

装備については当初加盟国がもつ口径15mm以上の火器及び全ての戦闘用爆発物を全て供出してもらいます。以後、加盟国において口径15mm以上の火器の製造・保有を認めません。核と同様、査察態勢をとります。また、担保するために各国の中枢に覆面職員も配置します。この施策に反した場合、一旦全ての火器を没収の上、常設軍がその加盟国の治安維持に当たります。

この施策は今後世界から戦争を無くすための核となる施策ですので徹底的に実施します。また、鉄もキロ単位での移送について管理を義務付けます。

15mm以下の火器については各国で治安維持等の必要に応じて利用可能です。

装備については常設軍で徐々に統一していきます。この装備にかかる予算は加盟国の分担金でまかないます。生産は加盟国の技術力に応じて分担します。基本的に全て加盟国内で生産は行います。おそらく日本は銃器や車両生産を加盟国にゆだね、重装備、特に電子機器や航空機、船舶の生産を担うことになると思います。武器輸出三原則などはそもそも憲法違反です。平和構築のために日本の技術が生かせるならむしろ積極的に提供すべきです。

人員については各加盟国から人口の1パーミル程度を出してもらいます。日本で言うと13万人程度。志願兵でまかなえない場合は徴兵してもらうことになります。加盟国人口10億で100万の兵力となります。この人数は常に常設軍に提供される人数です。入れ替え等で増えることはあっても減ることは認めません。国内の治安維持やPKOなどに常設軍で訓練された兵士を臨時に提供することは可能ですが、その際も常設軍に常駐する人員は人口の1パーミルをきることがないようにコントロールすることが必要です。だから実際には日本なら15万人程度を確保しておくことが望ましいでしょう。それでも現状自衛隊で20万人以上いるわけなので、負担は減ります。

この提供される兵士について、無制限責任とするか、当事者のみ無制限責任とするかは理事会で決定します。小生は資金については加盟国分担の無制限責任、人員は当事国のみ無制限責任とすべきだと思いますが、たとえば中国とブータンとか、インドネシアブルネイのように、国力に大きな差がある場合、配慮も要すると考えます。既に提供されている隊員(1パーミル)については常設軍司令部により無制限に使用可能です。

なお、この部隊において入隊基準は一律となります。男女の区別もしません。すべては兵士として入隊させ、昇進は全て隊内における選抜訓練によりふるいにかけられます。選抜訓練を終えた者だけが必要な教育を施されます。兵士、下士官、初級幹部、上級幹部、将官でその構成は区別され、それぞれのカテゴリーにおける昇進は成果を出した隊員のみが可能です。カテゴリー内での降格は年間数十パーセントに適用されます。

加盟国の分担金でまかなう給与は5万円位を考えています。国の経済事情により、これに対して追加で別に給与等特典待遇を与えることは妨げません。むしろ推奨します。

言語はそれぞれの国の公用語のほか、英語を使用します。英語とは英国語、米国語をベースとしますが、発音や活用、構文を簡便にするよう工夫を加え、より習得しやすい言語とします。部隊行動においては手話を多用し、無声指揮を推進します。下士官選抜訓練では装具類の取り扱いに加え、これらコミュニケーションの能力が問われます。

彼らは3分割され、3分の1が警戒戦闘等任務、3分の1が整備、訓練等、3分の1が休暇というようなローテーションを組みます。週に一日程度のオフのほか、年間で4分の1程度の休暇となります。

戦闘部隊は全体の半分程度。4分の1はサポート担当、4分の1は指揮統制機能ですが、情報部門を拡張、重視します。

情報収集により紛争の芽を摘み取り、不測の事態を防ぐことはこの戦略における重要な柱となります。

もう一つ、戦略打撃部隊が戦闘部隊の中に組織されます。これは、困難な状況を生み出す動きを起こした国家に、いち早く致命的な打撃を与えて組織的行動を停止させる重要な機能です。詳細は伏せますが、既に中国で開発が進められているとの非公式情報があります。先んじて開発、実現する必要があります。運用に際しては、事が起こったなら直ちにこの兵器を起動することで当該国の近傍の海空軍基地を壊滅させます。陸軍、首都、主要都市と、状況に応じてその範囲を拡大します。海上に展開した艦隊も攻撃目標となります。

情報部隊と戦略打撃部隊の活動は平時の活動の核となります。

この部隊が守るのは国境となります。国境が侵される、もしくはその危険性を予期できる状況が発生した場合、確認、警告等の順を追って対処するのは変わりませんが、一旦侵害行動が確認されたなら、この常設軍は自動的にその排除活動を開始します。

現代戦では基本奇襲対処となります。湾岸戦争のように時間をかけて兵力を集中される場合、集結完了を待たずに該当国には戦略打撃が与えられ、戦闘の継続は不可能になります。

 ROEを公表。攻撃的な勢力が領域を侵す、もしくはその危険性が明白な場合(通報もなく近づく場合)、その源泉を含め排除行動を開始する。

ROEに基づき常設軍が活動を開始するのと同時に加盟国の理事会に報告が上がり、終了条件を決定される。

理事会は国連総会で加盟国の3分の2以上の賛成による決議に基づいて国連事務総長から要請があった場合、常設軍にその活動の実施を命じることができる。規模と期間は警戒戦闘任務を妨げないレベルとし、それを超える場合は継続的な補充態勢もしくは別部隊を常設軍に編成しこれに当たる。

概略こんな感じでしょうか。

次回からここに書いた内容の意味について説明していきます。

 最終的に人口を制限することで土地、食料、資源での争いの種を減らす

 

70年を経て現実と理想の乖離を埋める日本のとるべき安全保障

これを書いている中で、やはりこの問題を考えるに当たって重要な砂川事件の裁判を読み返すことになった。実はこれをちゃんと読むのは始めてであった。お恥ずかしい

しかし、私の主張する内容というのはこの判例に見る結論とほぼ同じである。これを読んで、私の法律を読み解く力は最高裁裁判官並だと自信を持った(もちろん冗談であるが、ことこの件については間違いないと自信を持つことになった)。自民党の主張は邪道であり、こじつけであるし、共産党の主張(私が知るのは選挙チラシの内容程度だが)もまた邪道であることはおそらくいずれ主流の判断となろう。

あまり主張されないのが不思議なのであるが、

まず自衛権の有無について、「有する」と判断されている。これは前文に

「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」とあることからも明白であろう。

しかし、判例

「三 憲法第九条第二項が戦力の不保持を規定したのは、わが国がいわゆる戦力を保持し、自らその主体となつて、これに指揮権、管理権を行使することにより、同条第一項において永久に放棄することを定めたいわゆる侵略戦争を引き起すことのないようにするためである。」

と示している。「国の交戦権は、これを認めない」である。ここで「侵略戦争」と踏み込んだ言葉を書いているが、憲法はそのような限定をしていない。9条では自衛のための戦争をすることも明白に禁止している。

これを矛盾と捉えるとしたら、自らの発想の貧しさを恥じるがいいだろう。

ここに国連軍の価値が出てくるのである。

日本には自衛権はある。しかし、日本国は戦力を放棄する。ここまでご理解いただけただろうか?

そして、

「六 憲法は、右自衛のための措置を、国際連合の機関である安全保障理事会等の執る軍事措置等に限定していないのであつて、わが国の平和と安全を維持するためにふさわしい方式または手段である限り、国際情勢の実情に則し適当と認められる以上、他国に安全保障を求めることを何ら禁ずるものではない。」

と書いている。基本は国連軍であるが、憲法はこれ以外の手段も禁じていない。これは私の構想にとっては大きな後押しになる。

「七 わが国が主体となつて指揮権、管理権を行使し得ない外国軍隊はたとえそれがわが国に駐留するとしても憲法第九条第二項の「戦力」には該当しない。」

ここには外国と限定してあるが、これも憲法では書いていない、裁判官の付け加えた文である。わが国が主体となって指揮権、管理権を行使し得ない日本人を含む国際組織による軍隊であっても9条に違反はしない。むしろ、前文においてはそれら平和を維持するために必要な戦力に日本人は「全力をあげて」取り組むことを宣言している。

本来は国連軍がこの任に当たるべきであった。当時の日本人はそれに大きな期待もしたし、上記のように協力も誓った。しかしその国連軍が機能しなかったというのが誤算であり、対処を要するところである。

ただし、わたしが最高裁は用無しだから解散して最高裁裁判官は全員やめさせろと主張するのは、続く判断である。

「八 安保条約の如き、主権国としてのわが国の存立の基礎に重大な関係を持つ高度の政治性を有するものが、違憲であるか否の法的判断は、純司法的機能を使命とする司法裁判所の審査に原則としてなじまない性質のものであり、それが一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外にあると解するを相当とする。」いわゆる統治行為論である。

行政の行う統治行為を法律に照らして違法合法を、特に最高裁については違憲合憲を判断するのが裁判所であり、「統治行為だから判断できない」なんて仕事を放棄するくらいなら辞めてしまえ。というのが私の主張だ。

上記通り日米安保条約は合憲であり、米軍の駐留もなんら問題はないとはっきり示せばよかった。これによって長沼事件裁判で誤った判断を下すことになる。

全体に下級審では正統な、実情に即した判決が出るが、高裁以上になると行政におもねる判決が増えるように思えてならない。三権分立の原則を脅かす、司法の零落ぶりが露呈する。

多くの命に関わる重要な判断を下す使命を負っているのである。出世はおろか、命をかけて一つ一つの判決を下してもらはなければ困る。

少し趣旨がずれたが、この判例が私の主張する内容にほぼかぶる。

1日本国は自衛権を保有する。

2日本国が指揮管理可能な戦力の保持を9条は禁止している。

3日本は安全を担保するために日本の指揮管理下にない戦力を駐留させることができる。

4日本は平和な国際社会構築のために全力を尽くす。

5本来その任は国連軍が果たすべきであるが、現実には機能していない。

ゆえに私は提案する。

自衛隊を解散し、守るべき秩序の保護を行動原理とする軍隊を創設して自衛隊をその核とすること。

その組織に必要な要素について日本は担保する。人も、装備も、金も。もちろん国際組織であるから加盟国を募り、それぞれ分担を求めるのだが、日本はその加盟国の防衛に何処よりも大きな責任を負うことで国際社会における地位の向上を図る。

国民はその負担に耐えなければならないことになるが、それこそが憲法に示された日本人の決意でもある。

次回はその組織が具体的にどのように運用されるべきか、もはやここからは空想小説の世界である。

来年のファンタジーノベル大賞を目指そう。

 

 

おかあさんの木---映画の紹介

今回は映画の紹介です。

硫黄島の遺骨収集が帰着されたようです。

150柱

アジア中に散られた200万の英霊のうち、どれほどが魂のみで帰国されたのでしょうか?

硫黄島は国内でもあり、開かれた場所ではないので捜索も可能ですが、多くの地で探すことすら困難でしょう。

今回紹介する「おかあさんの木」は、7人の男の子を出産しながら全て戦争にとられるとう壮絶な悲話となります。軍に配慮という言葉は無いのかと、私ですら思いました。

詳細は見ていただくしかありませんが、遺骨箱に名まえだけ書かれた札が入れられて戦死が告げられる母親を鈴木京香さんが好演しております。

 

 

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憲法に示された安全保障指針について---戦争に倦み切った世界中の人が理想とした世の中

ベトナムを訪れたとき、彼らと一緒に生活をして感じたことが一つある。

若者ではない。私より少し年上の人たちであった。

彼らの年代は、ベトナム戦争の混乱期に学齢期を迎えており、おそらく学校での勉強をあまりしていなかったのだと思われた。見ていると彼らの上司というのは私より若い人たちであった。

言葉が通じないので観察とまさしく感じたものでしかないのだが、農耕民族的な年長者が敬われる国であるが、彼らはそのようなことを意に介することも無く、幸せを満喫しているように感じた。

何なのかと思ったのである。一緒に暮らす仲間は変遷したが、感じる雰囲気は同じものがあった。彼らは、戦争が無い、理不尽な恐怖に晒されることが無いだけで幸せを感じているのだと感じた。戦争に倦むという状態になった人々にとって、戦争が無いことが幸せ。おそらく勝敗すら問題ではなかったかもしれない。

各国を回って、日本人に対する敬意のようなものを感じたのもベトナムだけであった。フィリピンでは敵意のようなものを見せる人はいたが、その人はフィリピンが始めて独立したのが日本軍の庇護下であったことも知らなかった。

ベトナム人のあの余裕のようなものは何なのかわからないが、思い返してみると、ベトナムはフランス、米国、中国と戦って追い返し、その昔はチンギスハンすら追い返した凄い国なのである。しかし、日本はさらにロシア、イギリス、米国、フランス、オランダと、絶頂期の欧米列強と中国を同時に敵に回して長期にわたり戦い抜いたうえ、かつてベトナムのように元を追い返した国なのであった。こんな国、アジアでは日本とベトナム、時代は違うがトルコやイランくらいのものではないだろうか。イランも最近までかなり突っ張って生きてきた。何気に中国は征服王朝が長い。

日本は1937年夏の盧溝橋事件以来、1945年夏まで、8年の長きにわたって戦争を継続していた。人口の一割を戦場に駆りだし、3%を犠牲にした。爆撃におびえ、わずかな配給で食いつないでいたのである。

そんな状況から解放された人々は、おそらくその厳しい生活にもかかわらず幸せを満喫したのだと思うのである。いえ、これはベトナムの人たちを見たところからの推測に過ぎないのですけど。日々おびえることの無い生活、日本人として、もう二度と戦争をしたくないというのは誰の心にもあった真実だったと思う。

日本は敗戦し、GHQの指導下にあったことは事実であるが、おそらくそうでなくても戦争を無くすように努力する方向に進んだと信じる。それは、当時の日本人の悲願であり、例外なく支持されたはずである。戦争に倦んだ人々が追求した理想が、先んじて完成した国際連合憲章に明文化されていた。戦争に倦んだ日本人もその精神を受け入れることに異存は無かったと思うのである。

憲法の前文については、前半部分で国家運営のあり方とやり方、後半部分で安全保障指針について述べられている。

具体的には、

国防方針

「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持」

国家目標

「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたい」

実施要領

国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成する

 

この崇高な理想と目的というものは、前文にちりばめられた国民主権平等主義、平和主義等を指すと考えられるが、言葉が明確にこれというものを示していないので解釈の余地があるだろう。

安全保障方針としては、更に条文において国家がなすべき具体的行動が示されているのであるが、それが第2章である。

 

二章 戦争の放棄

 第九条  日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

○2  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
 
正直言って、これは具体的行動を示しているだけでそれほど重要ではないというのが私の考えなのだが、日本人は改正派も護憲派もやたらとこれにこだわる。

 憲法を読み解く上で、もちろん重要なヒントはここにあるので紹介すると

1 国権の発動たる 戦争と、武力による威嚇または武力の行使を

  国際紛争を解決する手段としては放棄する。

2 陸海空軍その他の戦力は保持しない

3 国の 交戦権は認めない

ここに強調され、一貫しているのは、日本が国としてやらない、日本が国家として本来認められているものについて実施しない、放棄するとしている点である。

これに相反するような内容が前文にあるのだが、それが

「全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成する」である。

平和主義を標榜する人は、国家として平和を維持することで達成するなんてことを言うようだが、70年の成果を見ればその非現実性は明らかといえる。むしろ冷戦後国際社会は攻撃的になってきている気すら私はするのである。

前文は積極的に国際社会の平和構築に関わることを宣言しながら9条では戦争について全否定なのである。これは相反するようであるが、思い出してほしいのが国連軍の存在なのである。

国際連盟態勢で第二次世界大戦は防げなかった。国際連合態勢の最大の特徴は国連軍の定義であろう。

前文に言う平和を愛する諸国民とか、平和を維持しようとする国際社会とは、国際連合態勢を言うと捉えることに異存がある人はいないだろう。

つまり、日本は戦争も交戦権も武力も放棄しますと、しかしその安全は国際連合が守ってくれると信じての平和主義で、日本はその平和構築活動に全力をもって協力します。と宣言しているのである。

どうであろうか?なぜか日本人の憲法解釈というのには身勝手な一国平和主義や、自衛権とか集団安全保障とか、憲法でまったく語られていない思想や言葉が飛び交っていて飛躍する方向がばらばらだからまったく違うことを言う人が出てくるのだが、上記理解と解釈ならば憲法に使用されている言葉に当時の国際情勢を重ねているだけで、異論を挟む余地は無いと思う。しかも現実的である。

つまり、この解釈どおりなら、国際平和の構築も可能であるし、日本もその国家をおかされることも無い。そして国家目標としている名誉ある地位も自然と得られるはずであった。

これこそが日本国憲法の安全保障指針であると信じる。

次回は理想は理想として、そこからずれてしまっている現実に対して、日本がいかにすべきかという考えについて述べたいと思う。

 

防衛費増大について

headlines.yahoo.co.jpせ

 

世界の防衛予算はざっと150-200兆円とお考えいただければ良いと思います。

大体アメリカ合衆国の予算は60兆円、中国が20兆円この2カ国で全体の約半分です。

あとは10兆円以下です。アメリカ合衆国民主党政権で防衛費削減傾向にあり、共和党政権で増大する傾向にあります。トランプ氏は「偉大なアメリカを取り戻す」と言っていますから、普通に考えれば増大するはずですが、その分の駐留経費を同盟国に持たせようとしているのでしょうか。以前はアメリカ1国で世界中の防衛費の半分を占めていたこともあります。

日本の5兆円といえば世界でも5本指に入る予算規模になります。ドイツ韓国でも4兆円を越えません。

韓国は約50万の陸上兵力と300万を超える予備役いますが、予算は日本の8割程度です。徴兵制が実現する低コスト軍隊でしょう。海空軍、海兵隊は合わせても規模が20万を超えません。

北朝鮮は100万を越える陸上兵力に対して防衛費は1割ー2割です。それでミサイルなど開発しているので、通常兵力に対するコストの低さが際立ちます。

日本は兵器なども高コストですが、何よりも人件費が半分弱を占めるという点で、予算の割りに兵力がぱっとしない理由です。

日本よりも高コストな軍隊としてはサウジアラビアが挙げられると思います。日本の1.5倍の予算ながら、規模は日本と同程度。半分は王室の親衛隊であり、ほぼ私兵です。兵器はすべて輸入で、最先端をそろえていますから、日本も世界最高の兵器を開発すればサウジアラビアで採用してもらえるかもしれません。

さて、日本として米国が如何に得がたい同盟国であるかは予算だけを見てもわかると思いますが、問題はやはり中国でしょう。

中国は人民解放軍だけで220万といわれます。予備役、武装警察を含めると300万、さらに民兵組織があり、これが800万とウィキにありますので、ざっと1000万人以上の人員がいることになります。それでも中国の人口を考えれば本の1%にすぎませんが、米軍と違い、これが基本的に中国国内だけで活動していることを考えればその密度がわかります。

中国が恐ろしいのは、その最先端兵力を準備しつつある人民解放軍220万人が全て外征に使用可能である点です。通常何処の国も外征に当たっては国内に兵力を残さなければ国防が成り立ちません。しかし、中国はあの史上最大版図を誇った大日本帝国時代の日本軍の3分の1もの兵力をただ一点の戦域支配に使用しうるということです。世界史上最大の作戦といわれるノルマンディー上陸作戦で130万といわれますから、中国はそれを越える作戦が可能です。使用される火薬量は当時とは比較になりません。朝鮮戦争ベトナム戦争を比べるだけでも相当な開きがありますが、イラク戦争は完全にそれらを凌駕しています。明らかではありますが、データはありません。その気になって中国が準備をすれば、新潟に上陸した場合一日で東京は落ちます。1週間で南北の連絡は完全に絶たれるでしょう。

なお、旧帝国陸海軍は終戦時の残存兵力で陸軍600万、海軍300万の約900万ですが、残存という言葉にご留意ください。戦死者は約200万とされています。人口の一割を超える軍隊だったわけで、現在の北朝鮮が人口の約5%とされていますから、国家負担は推して知るべしです。しかもそれは北朝鮮軍と違い壮健な成年男子のみで構成されており、国内経済は成り立ちようもなかったでしょう。まさしく国家総力戦です。

さて、日本の基本戦略は自衛隊で抑えて、米軍の来着と共に反転攻勢、奪還というシナリオです。現在の戦略によれば米国の本気度しだいで日本がどれだけ削られるかが変化する状態です。その負荷があまりにも大きくなれば、米国民は自らの国を犠牲にしてまで東洋の小国を守ろうとはしないでしょう。同盟とはそういうものです。

ということを踏まえて日本の兵力を見れば、大変心もとないことは明らかです。中国人民解放軍の一割に満たない軍隊で守るには日本の海岸線は広すぎます。

上陸作戦は制海権の確保、対空兵器の撃滅、制空権の確保、上陸・橋頭堡の確保、占領という流れで進むことになると思いますが、日本が制海権を維持することはかなわないでしょう。私なら攻撃をする段階で飽和量の弾道ミサイルで艦艇を減殺します。米軍艦艇が反攻できるまでに一週間はかかるでしょう。それまでに上陸できます。攻撃の主導性とはそういうものです。

かつて私は中国の上層1億人は日本人より金持ちだと分析したことがありますが、人民解放軍上層1割が自衛隊を超えれば国土防衛は無理です。南シナ海を見ても、中国はその気になったら実行するし、実行後はいかなる非難があろうと知らん振りです。ロシアのクリミア半島もそうでした。米国は直接対決を恐れてそれらを放置しています。レーガン時代の米国なら迷わず打ち砕いたでしょう。あるいはブッシュ両大統領でもそうだったかもしれませんが、再び米国があのような気概を見せることはないと思います。結果、クリミアも南シナ海も既成事実化して彼らの思惑通りになるでしょう。

つまり、日本が攻められても失地回復は日本人の手によるほかありません。今の自衛隊では尖閣を取り戻すこともままならないでしょう。本土4島もその立場に変わりはありません。今の国際情勢をみれば、日本の国防はひとえに中国がその気にならないことを祈るのみであるという認識を持つべきです。

この程度の防衛費の増大は焼け石に水、どうせダメなら防衛費なんて半分にしてもいい。日本を日本人で本気で守るなら、兵力だけでも100万、防衛費は今の5倍程度は必要となるはずです。日本は世界最強の常備軍隊と対峙しているのですから。米軍の支援が期待できるとしても50万以上の兵力は要します。

かつて知り合いに海空軍を増強すれば陸兵はいらないという人が居ましたが、それは完全な間違いです。そんな国があったなら、わたしなら一個中隊を上陸させて国の中枢を破壊させます。シンガポールのように全海岸線をカバーするほどの舟艇を準備できますか?沖縄戦で米軍があれほどの軍を振り向けてきたのは、ひとえに陸兵との戦闘があったからです。沖縄に防衛兵力がなければ一個艦隊と海兵隊で十分でした。

結論として、今の防衛費というのはあまり意味がないと思います。ましてやこの程度の増減は根本的な安全保障方針が明確になるまで検討するに値しないほどに些少な問題です。

自衛隊の規模は何を対象としているのか不明です。日米安保の確実な履行を担保するために米国の要求を呑み続けるなら、米国の国防費の相当額に匹敵するほどの防衛費を必要とするでしょう。(みなさんならどれくらい庇護国が負担していれば守ってやる気になりますか?)

ただ防衛予算をを考えるだけでも、国土を守る軍隊ではなく、私が主張する国際秩序を守ることを目的とした常設連合軍が必要であると確信できます。

 

真珠湾の犠牲は必要だったのか?---75年を過ぎて

真珠湾攻撃を奇襲攻撃だとして、ルーズベルト大統領が日本許すまじの世論を作って第二次世界大戦に参戦したことは有名な話である。

しかし、ルーズベルト大統領が日本の攻撃を知らなかったかといえば、多くの疑問の声が上がっている。

さらっと調べただけでも下記の様な多方面から情報が出ていた噂が出てくるのである。

1 日本外務省が使用していた暗号はパープル暗号として開戦のはるか前、1941年のはじめには解読されてアメリカは動向をつかんでいた。この暗号機で発信された内容で真珠湾攻撃に関する信号では日米開戦決定を伝える電文が送られていたと伝えられている。

2 デュシャン・ポボフというドイツ、イギリス、ユーゴスラビアの3重スパイがFBIと接触した際、フーヴァー長官に日本が真珠湾を攻撃する可能性があると伝えた。根拠は日本がヨーロッパにおいてイギリスによるイタリアの軍港タラント航空攻撃を研究していたこと、ドイツから真珠湾の調査を命じられたことを上げている。

3 1940年の夏(第2次世界大戦開戦から1年以上経過後、日独伊三国同盟締結と米英軍事協定の締結で、ルーズベルト大統領は「日本を戦争に引き込める」と側近に漏らした上で、対日圧力を強めて日本との対立姿勢を強めた。(国民党支援、対日禁輸、蘭印の対日禁輸)

4 1941年11月末、陸軍長官から日本による先制攻撃に備えないのはおろかであるという献言に対して、日本の侵略性を浮き上がらせるほうが重要と説いた。つまり、日本の先制攻撃を受けることでやむなく参戦する形を作る、第一次世界大戦と同じ参戦パターンを望んだ。そこでは先制攻撃による犠牲について触れては居ないが、つまりその犠牲は甘んじて受ける、見殺しにするという意思を示した。

5 開戦の1941年1月段階でペルーの駐日公使から米国駐日グルー大使に対して「複数の日本人軍関係者からの情報として、日本の攻撃目標として真珠湾が検討されている」旨連絡があり、月末までにハル国務長官に連絡があった。

 

さて、戦いをするに当たって、軍人は必ず見積もりというものをする。そこで求める解は、何をすべきか、敵はどう動くのか、自分はどうすべきなのか、必要な物資である。

当然ながら政治は平時こそ本番である。このような見積もりは状況の変化に応じて常に行われており、当然アメリカも行っていた。

当時の日本を見るに、満州国建国以来の外国圧力により、産業振興のための資源確保が国家目標となっていた。

そもそも日清戦争以来、中国はおそるに足らず、対露防衛こそ課題となっていた。明治期は日本が後ろ盾となって中国から独立させた朝鮮半島に莫大なインフラ投資を行い、文字も読めない多くの朝鮮人に文明の火を与えることで半島を自立させて対中対露緩衝地帯とする基本方針を守っていたにもかかわらず、テロリスト安重恨により対朝鮮強硬派を押さえていた重鎮伊藤公が暗殺されたことで世論を抑えきれなくなり、併合したのが間違いであったのだ。

日露戦争を経た陸軍は賠償金が無しときいて怒り狂う国民とは一線を画し、これ以上の対露戦を如何に回避するかを課題としていた。軍人は現実的な思考の職業である。その計算は勝てるか勝てないか、そのシンプルな基準に基づいて行われる。感情を入れ込む余地はない。冷戦期同様、陸軍はなんとしても対露直接戦闘は避けなければならなかった。そこで導いた答えが既に廃位されていた清国皇帝の故郷に国を建てさせ、統治させる戦略であった。日本人でも知らない人は多いが、清国は満州出身の女真族による征服王朝である。漢民族に追われた征服者民族が地元に帰って自国を再建するというのは非常に理にかなう戦略であった。その後ろ盾が日本だったというだけである。

ところがこんな合理的な戦略でも、日本の急発展に恐怖した列強は受け入れようとせず、日本は国際連盟脱退に至った。これにより、陸軍の国防戦略は

1 日ソ不可侵条約とドイツとの軍事同盟

2 満州国に反対して直接的に攻撃を仕掛けてくる国民党に武力で対する

3 国民党に対する列強の支援を絶つため援蒋ルートをつぶす(フランス領インドシナ侵攻)

の大きく3つとなった。

方や国家目標は資源の確保である。これは海軍の戦略とも一致した。巨大な陸軍の大陸戦略に対して、南方戦略は海軍が誘導したといっていいだろう。もちろん資源を必要とするのは陸軍も同じなので、統合作戦として参加するわけであるが、現在の日本の陸軍が主体となって大戦に突入したという意見よりは、資源を求めた海軍が引きずり込んだと考えるほうが正しい気がする。満州建国により国際社会に非難され、孤立化したのが陸軍主体の政策であったこと、山本五十六長官が戦争は無理と分析していたことが海軍いいもの説を作り上げているような気がする。

中国で石炭は取れたが、石油はまだであった。産業に必須の鉄もあわせ、依存度の高かったアメリカに替わる輸入元を求めなければならない。とりわけ工業力を必要とした海軍が目を付けたのは蘭領インドネシアの石油とインド、オーストラリアの鉄である。

対米開戦となったとき目標として考えられるのは

喉もとのフィリピンー陸軍

インド洋からのボトルネックであるシンガポールー陸軍もしくは海軍

ブルネイなど産油エリアー海軍

オーストラリア鉄鉱石地域ー陸海軍

アジアを活動域とする米海軍の拠点ハワイ、ミッドウェーー海軍

日本が対米開戦を決めたとの情報を得た段階で、米国として警戒レベルを上げさせるべきエリアはフィリピンの上陸適地及びハワイとミッドウェー、それに、米西海岸の海軍拠点。真珠湾同様、本土の軍施設は攻撃を受ければダメージが大きいので、狙われる可能性がある。

当時の状況を性格に分析した当時の米国の優秀な軍人たちがどのように分析したか知る由もないが、普通に考えれば大戦略というのは大筋外さないと思う。

つまり、ルーズベルト大統領にどれだけの情報が入力されていたにかかわらず、対日開戦間際ハワイの警戒レベルは最高度に高められているべきだった。

しかしそのような適切な情報提供がなかったために、日本軍機目視までその攻撃に気づくことがなかったというのが米側の主張である。

どう考えても戦略行動としておかしい。日本海軍の艦船は既にはるか昔から消息を絶っていた。大艦隊である。北海道集結の段階で米国に伝わっていた可能性がある。当たり前だ。主要艦の動向を監視すべきスパイなら血眼になって探していたはずである。シンガポール方面ならフィリピンに陣取る米軍と友邦が見逃すわけはない。日本海軍がミッドウェー、ハワイ、米本土に向かってる可能性は軍情報部として間違いなく上申すべき情報だ。軍上層部までは間違いなく届いていた。どうでも良い情報なら、友人レベルで「こんな話がある」と電報などでもれていたはずである。

しかしまったく伝わってなかったという。つまり、政治意図によりかん口令が敷かれていたと推測するのが正しかろう。

なぜ?

既述した。ルーズベルト大統領は、「日本の侵略意図をはっきり国民に見せる必要がある」だったのである。

血が流れてこそ開戦へ国民の同意が得られる、異論を許さない空気を作り出せるからだ。

いろいろ文献を当たる中で、軍事に携わった経験から、ハワイは米国を開戦に導くための生贄だったのだと信じるに至った。米国人は決して書くことはないだろう。真珠湾の将兵は大統領に見殺しにされた人々だったのだと。

あの状況において、米国は日本の宣戦布告が遅れたことで真珠湾の犠牲が出たと主張するが、あのぎりぎりのタイミングであれば、たとえ予定通り宣戦布告が米政府に通知されていたとしても真珠湾の被害は変わらなかっただろう。警戒度を上げる命令が届く前に攻撃を受けていたであろうから。

真珠湾攻撃に先んじてマレー半島には上陸していたのである。そちらこそ確信的な宣戦布告前の戦闘行動であったのに、そちらを奇襲と言う声は少ない。

真珠湾は宣伝に利用されたと考えて間違いないだろう。

ルーズベルト大統領は翌日の議会で既に戦中を通じて戦意高揚フレーズとして利用された「リメンバーパールハーバー」を使用したとされている。

英霊に敵味方はない。戦争の犠牲ではない。国家の犠牲となった英霊に哀悼の意を表する。

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